• agedor-img01

    Toile de Jules Breton

  • agedor-img02

    Comte Charles Tanneguy Duchâtel

  • agedor-img03

    Thomas Jefferson

18世紀に入って確立した名声

ムートンの所有者であり、ボルドーの代議士であったド・ブランヌ男爵は、ラグランジュのオーナーとなってその輝きに寄与しました。

 

1790年に、影響力のあるネゴシアンのジャン‐ヴァレル カバリュスがラグランジュの運営に力を注ぎ、ワインの販路を築きました。彼の依頼によって1820年にヴィスコンティが建築したトスカナ様式の塔は、シャトー ラグランジュの象徴となりました。

ジェファソンからデュシャテルへ、格付けの歴史

在仏アメリカ大使であったトーマス・ジェファソンは、個人の評価として、1785年にラグランジュを3級格付けシャトーの第2位にランク付けしています。

 

その後、ラグランジュは1855年に公式に3級に格付けされましたが、これは、土壌のポテンシャルィの高さに加えて、1842年から1874年まで所有者だったデュシャテル伯爵の先見の明と努力に負っています。伯爵は葡萄畑の排水設備を考案し、敷地面積280ヘクタールのうち120ヘクタールに及ぶ葡萄畑に設置しました。ルイ・フィリップ朝の内務大臣で、美術アカデミーの会員であった伯爵は、ヨーロッパにおけるシャトー ラグランジュの威光に一役買いました。